復興ハングアウトさんのGoogle+ Trends
反応が多かった投稿ランキング<Yahoo! Japa... : 2016-03-10 14:57:52 コメント 1件 共有 17人<Yahoo! Japan 2016年3月11日ヤフーで「3.11」と検索してみてください> Yahoo! JAPANで「3.11」というキーワードで検索された方おひとりにつき10円が、 Yahoo! JAPANから被災地の復興にたずさわる団体に寄付されます。 復興ハングアウト On ... : 2013-04-24 18:23:56 コメント 20件 共有 16人 復興ハングアウト On Air 2013 ~東日本大震災3年目の課題~ 復興ハングアウト 現地協力者 村上さんの記... : 2012-12-28 14:38:56 コメント 15件 共有 11人 現地協力者 村上さんの記事 <被災地 気仙沼 報告> 場所:宮城県気仙沼市 鹿折(ししおり)地区 Kesennuma,Miyagi http://goo.gl/maps/dHDra 鹿折復幸マルシェで行っている語り部ガイド。毎日のようにあの船の前に出向き、多くの方々に経緯・現状について説明を繰り返している。そんな私が今思うことです。 「共徳丸、彼も私達と同じ、被災者の一人では」。最近彼と対峙した時そう感じることがあった。 津波に巻き込まれ、火災に焼かれたあの日から、私達とともにこの町にいる。もし今彼の思いを聞けるなら何を語ってくれるだろう。あの勇壮な姿で風を切って大海原を駆け巡り、もっともっと働きたかったと語るのだろうか。あるいは、私達に美味しい魚をたくさん届け喜んでもらいたかった、そんなことを語るのだろうか。そして何より、この町の多くの人々に恨み、憎まれながら解体されるであろうことの無念さを訴えるのだろうか。 彼が語ることは決してないが、勝手に思いを馳せるに、さぞ悲しく辛い思いでいることだろうと思ってしまう。 報じられる撤去・解体に向けた動きについてあらためて考えてみる。各々に立場、抱えているものが異なるし、当然に思いも異なる。答えを導きだすことは容易くはない。 私見を述べさせてもらうなら、彼は本来持つ役目は果たせなくなったが、今、そしてこれからの将来に向けてのある期間、彼にしか出来ない彼の新しい役割があると思う。 時として我々人間の都合など微塵も鑑みずに荒れ狂う、そんな自然の脅威や威厳を多くの人々に語ってくれるものだと思う。時には私達と一緒に、そして時には私達が忘れかけた時にも。 数百年に一度、地球の特定の場所でしか起こりえない大震災、現在の世界人口が約70億人だとして、私達被災者とあの共徳丸はどれだけの確立であれだけの稀有な体験をし、そして生き残ったのだろう。 あらためて、伝え続けていくことの意義を考えさせられる気がする。 私達人間が忘れてしまう生き物だとして、伝えを途絶えさせてしまったとしても、彼があの日からその時までをつなぎあわせ、私達の体験と歩んだ復興の足跡を静かに語ってくれるだろう。彼が朽ち果てるその日がおとずれるまで…。 決して残された時間は長くはないと感じるが、この町で、あの場所で、彼でしか出来ない、そんな役目のことを考えながら、彼の将来が決まることを望みたい。 ※あくまで一個人としての私見であり、異なる意見・考えに対して対抗、排除を述べるものではありません。感傷的な文面についての意見もあるかとは思いますがご容赦ねがいます。 (村上さんは宮城県気仙沼市在住の方です。鹿折復幸マルシェに勤められています) 鹿折復幸マルシェ: http://www.facebook.com/ShishioriMarche 第18共徳丸: http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111210-OYT1T00032.htm 今回は、宮城県東松島市の... : 2013-04-19 19:24:38 コメント 9件 共有 8人 今回は、宮城県東松島市の仮設住宅区長さん、宮城県山元町りんごラジオさん、東京都からはTEAM-11の若手議員さんが参加される予定です。 ご興味のある方は、視聴よろしくお願いたします。 今回のOn Airは短めで時間に限りがありますが、当日ON Airへの参加も数名程度は可能だと思います。 事前コメントでご意見いただいた方の中から参加をお願いするかもしれません。 その時は、みなさま、よろしくお願いいたします~ なお、5月6月も実施する予定です。 現地協力者 玉川さんの記... : 2012-12-11 14:47:09 コメント 4件 共有 7人 現地協力者 玉川さんの記事 <被災地南相馬報告> https://plus.google.com/u/0/102417149886013310814/posts 場所:福島県南相馬市 Minamisouma,Hukushima http://goo.gl/maps/l4nzU 被災地南相馬報告。 「一番ヤバい4号機の燃料取りだしが1年前倒し」 ・・・これって、皆さんにはどうでもいいことですか? 「原発と命①」(http://on.fb.me/Rvk9GH) 「原発と命②」(http://on.fb.me/S5BcD0) 「原発と命③」(http://on.fb.me/Uvdeig) 「原発と命④」(http://on.fb.me/RolBh1) 「原発と命⑤」(http://on.fb.me/Qgz2l2) 「原発と命⑥」(http://on.fb.me/10PpDDe) の6回の「原発と命」シリーズには、 2800以上の「いいね!」、800以上の「シェア」をいただきました。 多くの方からの反響、有難うございます。 ここに、「原発と命⑦」を発信します。 12月3日、東電は、福島第一原発4号機の使用済み核燃料プールから、 燃料を取り出す作業を、当初の予定より1カ月前倒しして、 来年11月から開始すると発表した。 取り出し完了時期も、1年前倒しして、2014年末を目指すという。 まあ、ニュースとしては悪いニュースではない。 でも、このニュースがどれだけ大事なことを言っているのか? 多くの国民が知らないことが私は問題だと思う。 おそらく、このニュースは、 そもそも扱いが小さいし、 数日後には、そんなニュースがあったことさえ忘れ去られるだろう。 福島第一原発で、4号機はもっともヤバい炉だ。 未使用の燃料も含めて、1~6号機の中で最も多い、 1533体の核燃料が入っている。 その核燃料が入っているプールは、 上部が水素爆発し、 実質的には、露出した状態だ。 だから、一刻も早く、 燃料を取り出すことが重要なのは言うまでも無い。 4号機にもし何かがあれば、 もはや、私たち地元民は勿論、 東日本は全部ダメだろうから・・・。 1年早まるのはその意味ではいいことだ。 ・・・というより、 それまで、手をつけれない状態だったことが、 むしろ問題なのだが・・・。 ただただ不安をあおることはしたくないけれど、 多くの人がもう忘れてしまっているので、 なんとなくオブラートに包んで言います。 4号機は、3.11当時稼働していませんでした。 でも、建屋は水素爆発して、 今、1533体もの核燃料を貯蔵するプールが、 実質的に屋外にさらされています。 原発は稼働していなくても、 核燃料があれば、キケンです。 今、稼働している原発は、 大飯原発だけです。 ・・・だから、みんなそれで安心してはいませんか? 次は高浜原発? 次は川内原発?、玄海原発? ・・・なんて言われても、 「どうせ大丈夫だろう?」 ・・・なんて思っていませんか? 私は、原発事件(事故ではない)で、 幼い子供4人を抱えて、今も避難生活をしています。 法的に、家にも居住できないのです。 こんな思いを、もう他の人達には絶対にしてほしくありません。 だから、こうして、「原発と命」の問題を、 しつこいくらいに、発信し続けます。 「もういいよ」 「いい加減にしてくれよ」 ・・・そんな声が聞こえてきても、 私は発信を続けます。 一人でも多くの人に受け取ってほしい。 みんなに届け! (http://tamagawakoumuten.sub.jp/?p=2931 ) 現地協力者 玉川さんの記... : 2012-11-04 22:31:02 コメント 3件 共有 7人 現地協力者 玉川さんの記事 <被災地南相馬報告> https://plus.google.com/u/0/102417149886013310814/posts 場所:福島県南相馬市 Minamisouma,Hukushima http://goo.gl/maps/l4nzU 被災地南相馬報告。 「もしかしてあのランドセルは?」 ・・・あのとき、イヤーな予感がしたことをはっきり覚えている。 消防団のこと⑦(http://on.fb.me/WkBhHK) の中で、久しぶりにあの日のことを夢に見たとお伝えしました。 夢なのに、私が現実に見た光景との相違がない。 ホントに夢なのか? それとも、ただ眠りの中で、あの日のことを思い出しているだけなのか? 自分でもよくわからない。 あの日のことを思い出すと、 どうしても頭から離れないことがある。 赤いランドセルだ。 2011年3月12日、朝から地元消防団員としての沿岸部の救助捜索活動を始めた私の目に、その赤いランドセルは飛び込んできた。 沿岸から3kmも離れた国道6号線までは、 がれきの海になっていて、 水位も高くそれを手繰り寄せるのも困難だったため、 一度はその場所を通り過ぎた。 でも、通りすぎるときにホントに嫌な予感がした。 この場所から、沿岸よりには、父の代からお世話になっていたお客さんの家が複数あったが、朝ここに立った時、それらのお客さんの家は、もうすべて津波に流され、影も形も無くなっていた。 お客さんの顔が思い出された。 無事を祈るしかなかった。 「無事に津波から逃れていますように(祈)」 消防団員としての救助捜索活動だったけれど、 やはり知っている人のことが頭をめぐる。 どうしても気になって、 私は、あの赤いランドセルの場所に引き返した。 長い棒を使って、どうにかそのランドセルを自分の手元に引き寄せた。 ランドセルを手にとって、 言葉が出なかった。 自然と涙があふれていた。 いやな予感が的中した。 父がつくったお宅の お孫さんのランドセルだった。 この件に関する記事は、 以前も書いています。 (http://on.fb.me/X9MOc6) だから、「なぜ今頃?」 ・・・と思う方もいるかもしれませんが、 私は、3.11から1年8カ月を迎えようとする今でも、 消防団員として見た、あの日の、あの光景を鮮明に覚えていて、 夢にまで、そのリアルな光景を見るのです。 3.11は約1年8カ月も前の話です。 だから、もう、多くの日本人にとっては、過去のことです。 報道もどこか他人ごとです。 私は今も4人子供を抱えて避難生活をしていますが、 皆さんの関心が薄れていくのは仕方のないことだと思います。 悪いことだとも思いません。 私自身だって、神戸の地震や新潟の地震の時、 片時も忘れずに日々を過ごしていたか? ・・・と問われれば、そんなことはできませんでした。 心痛めていたけれど、何もできなかった。 だから、3.11だって、 皆さんに、「ずっと忘れないで!」 ・・・そんな風に言うつもりはありません。 でも、「時々思い出して」ほしいのです。 今も、沢山の人が避難生活をしていたり、 原発事件(事故ではない)で、 家にも戻れないでいることを・・・。 ・・・お願いします。 (http://tamagawakoumuten.sub.jp/?p=2745) 【岩手県大槌町】の高校生... : 2013-06-19 12:34:55 コメント 3件 共有 6人 【岩手県大槌町】の高校生が自分たちが地域でできることは何か?自分で課題を見つけ、実践していく。仮設住宅への慰問など・・・ 【新潟県柏崎市(福島県双葉町)】震災から3年目を迎えた福島をから今もおよそ5万7000人が県外で避難生活を送っている。福島に帰りたいけどいまだに帰れない人。一方、避難先での生活が日常になり、ふるさとに戻りたいけど新しい地で次の生活を考えている人・・・・ そのような中で、柏崎に避難している人(1,000名)が避難先で定住を決断するまでの苦悩を語る。 【新潟県山古志村】長島忠義議員は、中越地震の際、山古志村村長として全村避難を決断。リーダーとして村民の先頭に立ち、復興の加速に尽力。中越地震で全村避難を決断。地域の結び付きがより強い山古志村での体験等を通じてコミュニティなどについて語る。 現地協力者 玉川さんの記... : 2012-11-21 10:40:29 コメント 3件 共有 5人 現地協力者 玉川さんの記事 <被災地南相馬報告> https://plus.google.com/u/0/102417149886013310814/posts 場所:福島県南相馬市 Minamisouma,Hukushima http://goo.gl/maps/l4nzU 被災地南相馬報告。 「スクリーニング検査を受けなければ、避難所の入所をお断りします」 ・・・そう言われて、貴重なガソリンを使ってようやくたどり着いた避難所への入所を断られた人がたくさんいた。 「優しい社会①」(http://on.fb.me/PfQcvR) 「優しい社会②」(http://on.fb.me/QPYdZ1) の2回の「優しい社会」シリーズには、1500人を超える「いいね!」、270人を超える「シェア」をいただき、 私が大切だと思ったことに多くの方が、共に考えていただいたこと、 本当に嬉しく思います。 ありがとうございます。 今回ここに「優しい社会③」を発信します。 この投稿は、2011年5月31日に投稿した 「スクリーニング検査とコミュニケーション」(http://on.fb.me/TpUQMr)がもとになっていますが、今回「優しい社会③」として、加筆訂正して再発信します。 もし、 「優しい社会①」(http://on.fb.me/PfQcvR) 「優しい社会②」(http://on.fb.me/QPYdZ1) をお読みいただいていない方がいればぜひ、 そちらもあわせて読んでいただければ幸いです。 2011年3月12日、私たちの地元にある福島第一原発1号機であの忌まわしい最初の爆発が起きた。 地震や津波をまぬがれ、被害者の支援を続けていた地域の人達諸共、原発周辺地域の人たちがとたんに原子力災害被災者になってしまった。 3月当時を思い出してみると、 「福島県人は放射能源だからガソリンスタンド給油お断り」 「原発地域の住民宿泊を拒否」 などの問題が起きた。 ある意味、受け入れる側だってはじめての不安の中で戸惑いがあったのだと思う。 ただ、民間だけでなく、某自治体でも 「スクリーニング検査を受けなければ、避難所の入所をお断りします」 という対応があり、その後、これが問題視されたこともあった。 ここで、私自身の体験をお伝えしたい。私たちがスクリーニング検査を受診したのは、祖母や両親と別れ、妻と子供4人と共に避難所に移動した際だった。 私たち自身も、放射性物質をどれだけ浴びているのか?特に当時生後2ヶ月半の三女をはじめとした4人の子供たちに健康被害はないのか?不安は大きかった。 勿論、この点以外にも被災直後で寝泊りの心配、食事の心配など山ほど不安を抱えて藁をもつかむ思いでたどり着いた避難先である。 このとき、もし私たちも 「あなたは福島県からきました。放射能を浴びていますから、スクリーニング検査を受けなければ、うちの自治体では避難所を提供できません」 などと言われていたら、もはや絶望の淵から、さらに谷底に突き落とされた気持ちになったに違いない。 でも、私たちに対応してくれた担当者は次のように私たちに接してくれた。 「玉川さん、皆さんは福島の大変な状況の中から無事避難されてきました。でも、きっと放射能の不安があるんじゃないかと思うのです。特に玉川さんは小さなお子様を抱えているので心配ではないですか?私たちの方で、放射能汚染の心配がないかどうかを測定するスクリーニング検査という検査を無料で受診できるように準備してあります。受診されますか?」と聞いてきたのです。 もちろん、私も妻も、 「はい、大変ありがたいです。是非お願いします」 と答えていました。 スクリーニング検査を受診する(させる)。目的は双方とも同じだが、 先の問題があった自治体の対応と、 私たちが体験した自治体の対応には雲泥の差がある。 「北風と太陽」のお話のように、自治体側が無理やり、検査を強要しようとすれば、我々被災者は、怒りと共に悲しみを味わうことになるのだ。その意味で、私たち家族を受け入れてくれた自治体の対応、「コミュニケーション能力」には本当に感心するし、今思い出しても感謝の気持ちでいっぱいだ。 さて、私は、3.11以後の日本の姿として、ぜひ「優しい社会」を実現したいと思っています。「優しい社会①」「優しい社会②」を読んで下さった方には、私が実現したい社会のイメージがなんとなく伝わるでしょうか? 「優しい社会③」は、4人の幼い子供を抱えて、困りに困り、藁をもすがる気持ちでようやくたどり着いた避難所で、私たち家族が実際に体験した話を書いています。 面会して下さったのは、福井県敦賀市の職員のFさんです。 市の職員さんですから勿論公務員です。 「お役所仕事」 「杓子定規」 「融通が利かない」 現地協力者 堺さんの記事... : 2014-05-08 15:24:47 コメント 12件 共有 4人 現地協力者 堺さんの記事 <気仙沼 長期化する仮設生活> 場所:宮城県気仙沼市 Kesennuma, Miyagi https://goo.gl/maps/kqnfQ 【気仙沼Voices.2014】 5月7日 三陸新報より 『長期化する仮設生活』 気仙沼市で仮設住宅の入居開始から3年がたった。住宅再建事業がなかなか進まず、一関市を含む91団地で約2800世帯6600人が仮設生活を続けているそうです。親戚宅などに暮らしている77世帯が、今も希望する団地への入居を待っていて、民間のアパートなどの「みなし仮設」入居中を含めると約10000人がいまだ“仮の住まい”のままになっています。住宅再建の本格化に伴う仮設住宅の集約化や、大規模な補修などが今後の大きな課題となってきそうだとのこと。 入居できる期間は、国が1年ごとに延長する方針で、状況に応じて県と協議して決定していくそうです。 一方、仮設入居が長期化することでの課題が、施設の“耐久力”。もともと長期間の使用を想定していないため、風雨で傷み補修する箇所が増えてきているそうです。要望があった箇所はその都度対応しているそうですが、土中に打設された基礎くい部分の点検など、大規模な作業については今後の課題となっているそうです。。。 まだまだ多くの被災された方々が苦労を続けていらっしゃいます。 一日も早い住宅再建、課題解決をお願いします。 しかし、行政だけに任せきりにするのではなく、市民みんなで解決していかなくてはならない問題でもあると思います。 「オラ関係ねぇ」にならないようにもしていかなくては。。。 (堺さんは気仙沼プラザホテルの方で、地域の情報を発信し続けられています。http://www.pkanyo.jp/) #気仙沼 #宮城 #仮設住宅 特派員 水井さんの記事... : 2013-03-12 23:44:53 コメント 7件 共有 4人 特派員 水井さんの記事 <石巻 門脇地区にある「がんばろう!石巻」> 場所:宮城県石巻市 Ishinomaki,Miyagi http://goo.gl/maps/eV6Mu 「みらいサポート石巻」さんが紹介されている活動を転載します。 東日本大震災発生から2年目を迎えた昨日、石巻各所で追悼慰霊の会が行われました。 門脇地区にある「がんばろう!石巻」の看板前に設けられた献花台へ向う人の足並みは途絶えることなく、多くの方が花を手向け祈りを捧げました。 みらいサポート石巻のHP: http://ishinomaki-support.com/aboutus/ 岩手県大船渡市の時計台。... : 2013-06-07 10:44:33 コメント 6件 共有 4人 岩手県大船渡市の時計台。15時25分で止まったままです。 テラセンさんの記事 <山... : 2014-05-27 17:54:05 コメント 4件 共有 4人 テラセンさんの記事 <山元 いちご農家の方々の葛藤> 場所:宮城県山元町 Yamamoto, Miyagi https://goo.gl/maps/bHtaA いちご農家の方々の葛藤 震災前、山元町は県内でも有数のいちごの産地でした。浜通りに立ち並んでいたハウスはそのほとんどが流されてしまいました。 しかし、復興の過程の中で場所を内陸側に移した「いちご団地」を整備し、条件をクリアすれば100パーセント補助で建てたハウスを使っていちごの栽培を行うことができるようになりました。多くの農家でいちごの栽培ができるようになり、報道などでも復興への明るい話題として紹介されています。 私(F)は最近、いちご農家の数名の方々とゆっくりお話しをさせていただくことがありました。 私もいちごのハウスがどんどん増えていることに大変うれしく思っていたのですが、まだまだ大変な状況だったのです。 うまく説明できるかわかりませんが、皆様に知っていただきたく投稿させていただきます。 今までは土耕と呼ばれる土を使って作る方法が伝統的に行われており、温度管理などは地下水をくみ上げて行われておりました。 しかし、時代の流れなのか新しく設置されたいちご団地では「高設」と呼ばれる高い台のようなものの上で作る方法となっています。農家の方々にとっても作業がしやすいなどの利点もたくさんあるようです。 今までとは違う場所で新しい方法で行うというのが大変であることは仕方ないことなのかもしれませんが、今、農家の方々が一番頭を悩ませているのは「水道代」だそうです。 今までのような井戸水では「塩分濃度の問題」「栽培用のホースには使えない」などの問題があり、井戸を掘ることは禁止されているそうです。 そうなれば水道水を使うしかないのですが 一番の問題は 「水道の契約が一般家庭用の契約になっている」ことだそうです そのために毎月の水道代が尋常じゃなく 「いずれ、できなくなる農家も出てくるんじゃないのか」 とのことでした。 皆で「飲み水ではないのだから、業務用にするなど契約を見直してほしい」と何度もお願いを行っているのですが、なかなか改善されないそうです。 このことは山元町だけではなく、隣の亘理町でも同じだそうです。 「今はハウスを借りている立場だし、税金をいっぱい使ってもらって、そのおかげでハウスでいちごが作れるようになったんだから、何とか続けたいけど、油代に電気、水道代…これからどうなるのか不安でいっぱいだよ…」 復興のシンボルのように広報されていますが イチゴ農家の方々の悩みはつきないようです F 宮城県山元町: http://www.town.yamamoto.miyagi.jp/ 宮城県亘理町: http://www.town.watari.miyagi.jp/ #いちご #復興 #農業 特派員 堀内さんの記事 ... : 2012-12-24 09:33:48 コメント 3件 共有 4人 特派員 堀内さんの記事 <福島県いわき市のサンタたち> 場所:福島県いわき市 Iwaki,Fukushima http://goo.gl/maps/MZVvz 今日(12/23)のサンタ活動は福島県いわき市にてイベント後プレゼント配りました。 途中、雪が降る時もあってホワイトクリスマスとなり盛り上がりました! これから岩手県陸前高田市に向かいます。 http://goo.gl/maps/jHnp1 雪がちょっとヤバい! (堀内さんは、311直後から情報ボランティアとして東北で活動された方です) 東日本大震災の津波で大き... : 2013-11-26 17:45:37 コメント 3件 共有 4人 東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県亘理町と山元町に、「いちご団地」の大型ハウスが国の復興事業で完成、念願の出荷が始まりました。東北一の生産量を誇る亘理のイチゴは「仙台いちご」として出荷。宮城県オリジナルブランド「もういっこ」はもう一個食べたくなるおいいしさという意味だそうです。 今回は、亘理の地元情報を発信するFMあおぞらのスタジオから森榮吉組合長とパーソナリティの吉田圭さんに出演していただきます。 出演者 宮城県亘理町いちご団地管理組合 組合長 森 榮吉さん FMあおぞら(亘理臨時災害FM)パーソナリティ 吉田 圭さん 小島隆雄(総合司会、NPO法人REIC、元エフエム東京) 特派員 宮澤さんの記事 ... : 2014-01-17 19:35:16 コメント 2件 共有 4人 特派員 宮澤さんの記事 <東松島 上空からの空撮はじめました> 場所:宮城県東松島市、仙台市 Higashimatsushima, Sendai, Miyagi http://goo.gl/maps/gj5PZ 今度此処の会社の代理店を始めました。 被災前からの友人の会社で、上空からの空撮、工事写真、2m~500m迄撮影出来るそうですが見失う恐れも在るので300m迄としているそうです。 ヘリコプターによる撮影と違い直ぐ撮影映像を見せる事が出来、さらに安く出来る点が魅力と思います。 カメラの写真と、郡山仮設住宅で撮影した映像と病院の工事写真です http://www.c-unitec.jp/ (宮澤さんは宮城県東松島市の仮設住宅に住まわれている方です) #野蒜 #東松島 #宮城 特派員 水井さんの記事 ... : 2012-12-19 12:05:24 コメント 2件 共有 4人 特派員 水井さんの記事 <七ヶ浜町小豆浜のサーファーたち> 場所:宮城県七ヶ浜町 小豆浜 Shichigahama,Miyagi http://goo.gl/maps/4DpJL 宮城県七ヶ浜町の小豆(あずき)浜 県内では2011年内に唯一再開された海水浴場だそうです。 (2012年7月には気仙沼市こだの浜でも再開) 基本的にサーファーの浜ですね。 浜の清掃と、災害時の避難経路を徹底したことによって、津波で店を流された地元サーフショップの星さんと、地域の方々の力により去年11月から運営再開されました。 http://www.kaijyosaikyo.com/douga/event/shoubuta.html 12月15日に、七ヶ浜町を周り見てきましたが、実際にサーファーが波乗りしていました。 まだ、駐車場の柵が曲がり、津波避難指示の看板も地面に落ちたまま。 でも、避難経路の説明看板は新しくちゃんとしていました。 いや~。根性ですねぇ。 (^_^) 2011年、震災直後のときは港から流れ着いたコンテナが散乱していました。(右下写真) 宮城県は広島県と並んで有... : 2013-09-26 08:43:22 コメント 2件 共有 4人 宮城県は広島県と並んで有数の牡蠣の生産地です。まもなく3年目に入る被災地では養殖施設の崩壊を乗り越え、さまざまな取り組みが行われています。主力生産地の石巻では、地元業者が連携してインターネット通販に進出、販路の拡大を図ったり、水産復興特区で新たなモデルの構築を目指しています。 牡蠣が美味くなるこの時期、石巻の牡蠣は美味しさの秘密、その魅力を、牡蠣のルーツも探りつつ、地元業者、養殖場、牡蠣レストランなどの取材も交え、探っていきます。 出演(予定) ・三養水産株式会社 常務取締役 辻 尚広さん ・NPO法人おおぎみまるごとツーリズム 宮城 健隆さん ・食生活ジャーナリスト 岸 朝子 さん(※ビデオ) ・港町バル(※ビデオ) モデレーター ・小島 隆雄さん(総合司会、NPO法人REIC、元エフエム東京) ・長瀬 真さん(フリーアナウンサー) [Check your rank. あなたのランキングを調べる] |
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